あなたに聞いて欲しい独り言

ネットショップで家族を幸せにしよう!

実は僕自身
ネットショップで生計を立てようなんて気持ちは無かった。

2年前のある出来事が起こるまでは。

きっかけは2020年6月に起こった
娘の病気だった。

2019年、当時小学校の4年生だった長女は
水泳、体操やダンスをする活発な女の子で
毎日元気に走り回っていた。

ある日、娘が「踵が痛い」と言い出した。

その時は特に何も思わなかったけれど
一応整形外科で診てもらう事にした。

診断結果は
レントゲンも撮ったが特に異常は見られず
おそらく成長痛だろうとの事だった。

痛みはしばらく経てば消えるもの。
僕は娘にもそう説明して様子をみていた。

数か月経った。

コロナが流行りだした。
学校も習い事も自粛となっていた。
時折一緒に散歩に出かけると
娘はすぐに疲れて立ち止まる。
運動不足ですぐ疲れるのかな?
そう思っていた。

2020年の春に娘が言った
まだ踵が痛いらしい。

また同じ整形外科に診てもらった
やはり成長痛との事。
ただし、2週間経っても同じなら
一度精密検査をした方が良いかも知れないと言われた。

それでも僕は
痛みは時間が経てば消えるだろうと思っていた。

およそ2週間が経った頃
娘が通う歯列矯正の医院で
ある指摘を受けた。

左上の歯茎が以上に腫れているから
口腔外科のある病院で診てもらうようにと。

次女が報告してくれた。
「お姉ちゃん、学校で吐いたって」

ここまで色んな変化があって
気付くタイミングはいくつもあったように思う。
今から考えれば。

でも娘の身体に何が起こっているのかは
僕達家族も全く分かっていなかった。

そういう事もあるだろう。
シンドイ時もあるよね。
踵が痛い。成長痛。あるんだ。
歯茎が腫れる事もある。

そんな事が重なっているのに。
まさか。

歯列矯正の医院で紹介を受けた隣町の総合病院で受診。
検査をしてもらい薬を処方してもらった。
これで良くなると思った。

しかし娘の上顎は日を追うごとに腫れが大きくなり
顔の形も変わるほどになった。
満足に食事も出来ないと痛がるようになった。

痛みが酷く病院に駆け込んだ。
何とか痛みを押さえてもらっていた。

検査結果が出た。
血液の病気かも知れないと言う。
ハッキリと答えを出すには
もっと大きな施設のある病院での検査が必要と言われ
大阪の近大病院を紹介された。

2020年6月24日

娘と近畿大学医学部附属病院を訪れた。

娘のアゴは痛む。
可哀想で可哀想で早く何とかしてあげたい。

口腔外科と小児科で診察を受けた。

先に血液検査の為に採血へ。
ここで娘のメンタル崩壊。
痛みが重なり狂ったように泣き叫んでしまった。

抱きしめて
なだめて
なんとか小児科へ

診察が終わって
口腔外科へ
MRIとCTの予約を入れた。

7月になると言う。
今日で終わると思っていたのに
また来ないといけないな。
そう思った。

口腔外科が終わったら
また小児科に行く予定だった。
何故か口腔外科のドアのところに小児科の先生が来ていた。

急に嫌な予感がした。
何かが起こっているんだと。

異変を感じながら
娘と小児科の先生に連れられて
また小児科で説明を受ける。

「お父さんだけ入ってください」

そう言われて僕は確信した。
これは大変な事が起こっているんだと。

小児科の先生は言った。

ほぼ間違いなく白血病
もしくは悪性リンパ腫であると。

7月と言われたMRIとCTの予約は取り消しとなり
今すぐ検査に入ると言われた。

もう言われるがままにするしかなかった。
そして言葉が付け加えられた

「今日からすぐに入院してください。
これから1年間の治療に入ります。」

妻に電話をかけた。
娘の病名を伝え
大阪で入院となる事
奈良に帰ってまた検査と入院となるより
一日も早く治療したいと思っている事
身重の妻は涙をこらえて「ハイ」と言ってくれた。

実家の母に電話をかけた。
僕はこらえきれなくなった。
泣いた。
周りの目を気にしながらも
涙が止まらない。

様々な書類にサインをして
その日から1年間の入院生活が始まった。
正式な病名は
急性リンパ性白血病だった。
全身に癌細胞が転移していた。
もう助からないと思った。
僕は仕事を休み娘の付き添いで病院で寝泊まりする事になった。

長い長い闘病生活。
長女が入院しておよそ1ヵ月。
我が家に長男が生まれた。

仕事はゼロになった。
僕はこれからどうすれば良いのかわからなかった。

色んな人が手を差し伸べてくれた。
でも僕は答える事が出来なかった。
子供中心で何も考えられない日々を送っていた。
結果的にその人達にも迷惑をかけてしまった。

娘の治療は続いた。
秋から冬になり
お正月は一時退院させてもらった。

春からはコロナの影響で
付き添いが禁止になった。
寂しかった。

毎週お母さんが着替えを持って行った。
送ってもらった写真で泣いた。

2021年7月
1年間の入院治療の末
娘は退院した。

白血病は不治の病では無かった。
医療の進歩は目覚ましく
子供の白血病は治療方法が確立され
多くの命が助かっている。

娘もこれから治療を続ければ
完治する可能性が高いと信じている。

ただ

娘はもはや普通の身体では無い。
まだ過激な運動は出来ず
恐らく妊娠出産は出来ないと言われた。

この娘の幸せの為に
将来の為に
自分はいったい何が出来るのだろう。

僕は考えた。
勉強はかなり遅れている。
6年生になった今も4年生の内容がわからないままだ。

彼女が普通の社会人としてやっていけるのか?
僕には不安と何とかしてやらないといけないという責任感が迫ってきた。

ネットショップをやってみよう。

僕の頭にはそれが浮かんできた。
これまで自分が勉強し得た知識を活かす時が来たと思った。

まず1店舗の売上を上げる。
2店舗目、3店舗目と拡充させる。
そのうちの1店舗を娘に任せる。

もし治療で仕事が出来ない事があっても
ネットショップなら融通が利く。

何年後かになるだろう。
娘は何も知らないし、他の事をやるかも知れない。
それでもいいんだ。
やりたい事が出来たらそれをやった方がいい。
やりたい事をやって欲しい。

でも何もやる事が無かったっら
お父さんのお店を手伝ってね。

それまでに
僕はネットショップを売れるようにする。
そしてそれが今現実になりつつある。

娘の幸せの為に
家族の幸せの為に

ネットショップをやろう!

僕は必ず娘を幸せにする!

ABOUT ME
森 よしあき
ネットショップ研究所@所長。 WEB制作のフリーランス時代に「森さんが作ったページは全然問い合わせが無いんやけど」と言われた悔しさをバネに「なぜ問い合わせが来ないのか」「なぜ売上に繋がらないのか」を研究。後に「ネットショップ専門」のアドバイザーとしてこれまで200店舗以上のECサイトを指導。「見てもらえないショップは存在しないのと同じ」を教訓にあなたのお店の売上アップの為に今日も伝え続ける。